麻溝台地区の陸軍士官学校演習地跡の開墾地に、昭和37年ごろから横浜や川崎の養鶏家が広大な土地を求めて進出。大規模な養鶏場がいくつも出来ました。その後、高度経済成長期を迎え、東京方面からの流入人口の受皿として畑地が宅地に変わるにつれ、養鶏場から発生する諸問題等で移転する養鶏家が相次ぎました。
 近年は卵の生産だけでなく、消費者に応えて卵や関連商品の販売、採れたて卵料理を出すレストランまで登場。市道沿いに「たまご街道」ののぼりがなびいています。(猪俣達夫)

創業時から続く大規模養鶏場

たまご街道ののぼりが立つ直売店


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