◇ 清新中学校の誕生から現在まで
 相模原市の人口が飛躍的に増え、旭中学校も生徒数が増加したために、昭和46年に開校しました。
学校用地には広範囲の面積が必要で、地域の土地所有者の格段の協力を得てようやく実現しました。
 清新中学校は、現在の旭中学校が生徒数の増加で
過密となったため、昭和46年に現在の地に開校しました。
 清新中学校の建設に当たっては、地域の方々の陳情に次ぐ陳情でようやく開校しましたが、市の財政も厳しい状況であったため、体育館もプールもなく校舎があるだけでした。
 開校時の生徒数は1学年425名、教職員数は22名でした。
      開校時の人文字と全景(昭和46年

     

 清新中学校の「学校教育目標」(開校初年度の目標) 

  1.心身ともに健康で、礼儀正しい人になる。
  2.進んで学習や仕事に取りくみ、希望にみちた生活をきずける人になる。
  3.働くことを喜びあえる人になる。
  4.感謝の心をもって人に接し、あたたかい友情を結びあえる人になる。
  5.きまりを守り、誠実な人になる。

昭和46年4月5日の入学式は、体育館がなかったため、一人一人がイスを持ってあがった屋上で行われましたが、当日は紅白の幕が吹き飛ばされそうになるほどの強風だったそうです。
 校長先生からは、「感謝の心をもちなさい」というお話がありました。
           開校宣言
  5月1日、教育委員会からの「開校宣言」の額をもらい、式典が校庭で挙行され、併せて校章も制定されました。

 校章は生徒や職員から公募しました。この作品は笹野初代校長先生によるものです。
 開校当初は満足な体育施設がなかったこともあり、マラソンで体力づくりに励みました。また、プールもなかったため、相模原高校のものを借りて水泳指導が行われました。
 当初から地域との結びつきも強く、現在でも、PTAまつりでは、模擬店やステージ発表(演劇部や吹奏楽部の発表等)などが行われています。
 部活も盛んで、最近では剣道部や吹奏楽部が高成績を収めています。
 平成12年には、創立30周年を迎え、各種の行事とともに記念誌が発行されました。

 清新中学校の卒業生には、騎手の「後藤浩輝さん」、ピアニストの「吉田麻里子さん」など、多くの先輩が多方面で活躍されています。
                   (写真は「清新」30周年記念誌から転用しています)