「館報215号」の”ミッケ!相武台のこんなトコロ!”
相武台の二宮金次郎




戦前は日本中の多くの小学校にあった二宮金次郎の像が
相武台にもありました!
二宮金次郎は天明七年(1787年)小田原市栢山
(かやま)の裕福な家に生まれましたが、酒匂川の
氾濫で田畑を失い、お父さんは金次郎が14歳で、
お母さんは16歳の時になくなりました。
おじさんの家に預けられましたが百姓に学問はいらないと
いわれ、家で本を読むことが出来なかった
二宮金次郎は薪を背負い、歩きながら本を読むように
なりました。
(昔は車が無かったから歩きながら本も読めましたが
今は歩きスマホは”絶対”にやめましょう!)
 相武台の二宮金次郎の像は門から見えない場所で
 木が何本もうえられているなかに ひっそりと
 たてられています。
 像はまるまるとしてふっくらととても可愛いお顔です。
 どことなく持ち主のお顔と似ているような気がしまし
 た。
子どものころから苦労して育ちましたが、逆境を勉強や
努力で乗り越え、多くの農村を救った農村改革の指導者です。
小田原市の出身地には二宮尊徳生家に隣接する記念館
があります。
Sさんが現在の場所に引越してこられたときに先輩から
お祝をあげたいからと言われて、二宮金次郎の像を
希望なさったそうです。
こどものころ、薪を取ってお駄賃をもらった思い出が
ご自分の姿と重なって、懐かしく、この像がお気に入り
だとのことです。


二宮 金次郎の歌
1.
柴(しば)刈り縄ない 草鞋(わらじ)をつくり
親の手を助(す)け 弟(おとと)を世話し
兄弟仲よく 孝行つくす
手本は二宮金次郎

2.
骨身を惜(おし)まず 仕事をはげみ
夜なべ済まして 手習(てならい)読書
せわしい中にも 撓(たゆ)まず学ぶ
手本は二宮金次郎

3.
家業大事に 費(ついえ)をはぶき
少しの物をも 粗末にせずに
遂には身を立て 人をもすくう
手本は二宮金次郎
二宮金次郎は、長じて二宮尊徳という名前になり、お札に
顔が出るほど大きな功績を残しました。 映画や、    
歌(右)もつくられています。

歌詞を見てみるととても難しい、今では使われなくなった
言葉が入っていて、昔の日本人の生活がうかがい知れ
ますね。
  

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